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東京高等裁判所 昭和47年(く)163号 決定 1972年8月24日

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告申立の趣旨および理由は、弁護人秋山昭八作成名義の「即時抗告申立書」と題する書面に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して当裁判所は、次のとおり判断する。

論旨は、これを要するに、(一)原裁判所は、被請求人が医師の診断書を提出して口頭弁論期日に出頭できない正当な理由があることを証明したにも拘らず、然るべき調査を経ずに右診断書をもつてしては被請求人不出頭の正当事由とはならない旨独断し、被請求人不出頭のままで口頭弁論を開廷して審理を強行したが、右は、刑事裁判所として不当違法な訴訟指揮であるばかりでなく被請求人の出頭なくして口頭弁論を開廷したという訴訟手続の法令違反を冒したものである。よつて、原決定を取消し、原審においてさらに被請求人の意見を聞くなどして審理を尽すため本件を原審に差戻すべきである。(二)原決定の掲記する被請求人が猶予期間中罰金刑に処せられたことはこれを認めるが、いずれも昭和四四年中のもので道路交通法違反であるから、これをもつて執行猶予を取消すべき事由とはなし得ないし、また、原決定摘示の賍物牙保および封印破棄等の被疑事件は、嫌疑なしとして不起訴処分にされるべきものであるのに起訴猶予処分になつたもので善行保持義務には反しない、また、小型自動車競走法違反、恐喝被告事件についてはいずれも犯罪の成立はないものであり、有印私文書偽造、詐欺等被告事件については昭和四六年四月二〇日頃の時点では立退について確約はできていなかつたが、ほとんど約束は成立しかけており、その後間もなく成立したものであり、また明和信用組合には一銭も迷惑をかけていないのであつて、以上各事件は目下第一審において審理中であつて、被請求人には無罪の推定があるから、善行保持義務違反には該当しない。そして、被請求人が、保護観察に付された当初速やかに住居の届出義務があるのに四か月程その届出が遅れたこと及び転居届をしなかつたのは全く被請求人の失念によるもので故意ではないから、これを目して被請求人の保護観察を忌避する態度と見ることはできない。被請求人は、むしろ、保護司とよく連絡し、近況を報告し、また十数人の者を使用して事業に精励しているのであり、担当保護司もそのことを証言するといつているほどであつて、原決定が右各事案を何ら証拠判断することなく善行保持義務違反としているのは誤りであるというのである。

よつて、一件記録を調査して案ずるに、所論は、申立人が原裁判所において主張したところと同趣旨であると認められるところ、これに対する原決定の詳細な説示はすべて当審においても正当として肯認することができ、原裁判所の審理手続および原決定には所論のごとき非違は存在しないものと認められる。すなわち、所論(一)について考察するに、原裁判所は、弁護人から昭和四七年八月一四日口頭弁論期日の当日になつて診断書を添えて被請求人が胃漬瘍のため出頭できないから口頭弁論期日を変更されたい旨の申立がなされるや、同診断書を作成した医師に問い合せ(記録編綴の昭和四七年八月一四日付裁判所書記官田中文彦作成の電話聴取書)他方被請求人を診断したことのある他の医師二名の意見を徴し、よつて審按をした上、右口頭弁論期日変更の申立を理由がないとして却下し、被請求人不出頭のまま口頭弁論期日を開廷したことが明らかであり、これを目して所論のごとく不当、違法な訴訟指揮であり、かつ訴訟手続に法令違反があるなどということはできない。加うるに、被請求人は自ら昭和四七年七月一〇日付回答書中で刑の執行猶予の取消について意見を述べているが、一方同日申立人を弁護人に選任し、申立人は右口頭弁論期日において詳細な意見を述べているのであるから、被請求人の防禦権に欠くるところはないものと認められる。しかも記録編綴の昭和四七年八月九日付検察事務官鈴木正夫作成の報告書(診断書写添付)、保護観察官宮原末市の被請求人に対する質問調書二通、同人の原審口頭弁論期日における意見等に徴すれば、被請求人は執行猶予の期間の満了が目前に迫つているので、本件審理を遅滞させて、執行猶予の取消を免れようとする考えであつたことが窺われる。以上要するに、この点に関し原決定が判示二項において説示したところは当裁判所においても、すべてこれを肯認すべく、原裁判所が被請求人不出頭のまま口頭弁論期日を開廷したのは刑事訴訟規則第二二二条の九第六号但書に則つた措置であると認められ、所論のごとき非違は存在しない。次に所論(二)について考察するに、なるほど、所論指摘の賍物牙保、封印破棄の両被疑事件は不起訴処分になり、また小型自動車競走法違反、恐喝、有印私文書偽造、同行使、詐欺の三件の被告事件は目下第一審裁判所において審理中であるが、右両不起訴にかかる事件は所論の如く嫌疑なしとして処理されたものとは認め難く、また右五件の各事件につき起訴事実の内容を検討し、被請求人がそれらについて起訴されている経緯を検討すると被請求人が善行保持義務に悖り、かつその情状が重いことが窺われるというべきであるから、原決定が、右五件の起訴猶予処分となつた事件や目下第一審において審理中の各事件につき検討を加え本件取消請求の当否の判断をした点には違法、不当のかどはなく、またこの点に関する原決定の説示はすべてこれを肯認すべく、原審が被請求人の所為をもつて善行保持義務に違反しその情状が重いものと判断したことについては不当、不法の廉があるものとは認め難い。また、所論中には被請求人には保護観察を忌避する態度はなかつたと主張する点があるが、被請求人は保護観察官宮原末市作成の被請求人に対する質問調書によれば、保護観察付執行猶予の裁判を宣告された際に裁判所から直ちに保護観察所に出頭する旨を告げられたにも拘らず故意に保護観察所に出頭しなかつた位であり、保護観察官宮原末市作成の右質問調書、同人の原裁判所における意見によれば、被請求人は昭和四四年八月頃からは形式的には担当保護司との連絡をとつていたことが窺われるが、それもうわべをつくろうだけであつて、陰では前記各犯罪を累行しており、その犯情もよくなく、また保護観察官の出頭指示にも従わなかつたこともあり保護観察になじまず、むしろこれを忌避する態度をとつたものと言わざるを得ない。してみれば、原決定が、被請求人には執行猶予者保護観察法第五条所定の遵守事項を遵守せず、かつその情状きわめて重大であると認めたのは相当であると言わざるを得ない。以上の次第であるから、原裁判所の審理手続および原決定には所論のごとき各非違は存在しないものと認めるに足りる。それ故所論は理由がないことに帰する。

よつて、本件即時抗告は理由がないので、刑事訴訟法第四二六条第一項後段に則り、これを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

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